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夜行性🌙サナトリウム

大阪在住のオジサンが戯言、譫言、寝言の数々を綴ります。

ナニワのHello Again ~昔からある場所~


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鳩屋の隣にある公園

 
たまには感傷的なことも書いてみましょうかね(笑)(^-^;
 
僕が子供の頃、近所に『鳩屋』という公園がありましてね。いわゆる駄菓子屋さんなんですが、その隣にひなびた公園があったのです。
 
近所の通称は『鳩公園』。
 
ブランコが2基、シーソーが2基、鉄棒、石製のベンチ、すべり台、砂場、ジャングルジム‥‥………ま、どんなのどかな町にもあるような、小さな、ありふれた公園です。
でもその公園は僕にとってはかけがえのない公園でね。
 
幼少時、歳上の従兄弟とブランコから靴飛ばしをしたり‥‥………
 
もう死んでしまった愛犬と毎日散歩をしたり‥‥………
 
多感な中学時代、当時の親友と夜中に落ち合って色んな話をしたり‥‥………
 
‥‥………行くだけで、当時にタイムスリップかできる場所って、そんなにないですよね❔
まさに鳩公園は、僕にとっての数少ない
『タイムマシン』
でした。あそこに行けば、あの頃の自分に会えるという、特別な場所。
 
 
‥‥………そして今はもう、そこはただの駐車場です。誰かの特別な場所は、いつだってそうやって、開発や繁栄の名のもとに、時の狭間に消えてゆきます。
 
 
先日、ちょっとした打ち合わせの帰りに、大阪市内は西成区を走りましてね。
漫画『ジャリん子チエ』の舞台にもなった、ファンキーでソウルフルな街ですわよ(笑)
ミスチル聴きながらボーッと運転してたので、何かを意識してたわけじゃなかったんですが、信号待ちでふと車を停めて何気に街並に視線を移したら、ある『ポスト』が目に飛び込んでまいりました。
 
 
(えっ⁉ここってもしかして‥‥………⁉)
 
 
一瞬、23年前の情景が脳裏にひらめきました。
 
 
『サヨナラ』によって僕を作った人
 
 
西成区には母校である高校があるのですが、その流れで、僕は18歳の時、学校近くの自動車教習所に通い始めたんですな。
実家を出て独り暮らしをする前の、まだバイタリティーに溢れていた、スリムな旅寅青年(笑)
当時はまだフリーターで、深夜の工事現場で働きながらの教習所通いでね。
よく徹夜で学科受けて、講義中寝てました(笑)
そしてある日、その教習所で、1人の女性と出会ったのです。
 
 
彼女は、たまたま修了検定の同乗者だった人でなんですが、もう最初に言葉を交わした瞬間から胸がざわめきました。不思議なもんで、別に好みのタイプでもなかったんですがね(笑)抗いようなく、自分自身に戸惑うくらい短期間で、僕は彼女に、強烈に惹かれてしまったのです。そしてそれは、どうやら彼女も同じだったようで、出会った直後、まだ交際も始まっていない段階で、当時の彼氏に別れを告げてケジメをつけてくれたんだそうです。
 
彼女を一言で表現するなら、
 
 
『心の琴線に触れる感性の持ち主』 
 
 
でしょうね。まるで『同じ靴の左右同士がようやく出会えたような感覚』とでもいうのか‥‥‥。
とにかく『惚れたはれた』だけの恋じゃない『特別感』を、否が応でも感じてしまうような、そんな女性でした。
 
 
☆★☆★そして、詳細をひたすら割愛しまして中略(笑))★☆★☆
 
 
最後の日、お互い話しあった上で納得して別れたのですが、僕は家路をたどる車中で号泣しましてね(笑)結局、あまりに泣きすぎて実家に帰れず、よく2人でドライブした埠頭で明け方まで1人泣き続けて、朝、帰宅してからも部屋にこもり、疲れて眠るまで更に泣き続けた記憶があります(笑)
 
 
(なんでそんなに好きなら意地を張ったの❔)
 
 
と尋ねられたことがありますが‥‥………
‥‥………格好つけたかったんでしょうね、その女性の前でだけは、みっともなく別れを拒みたくなかった。(終わりだな)って感じていたのは事実だし、若くてプライドとの折り合いのつけ方も、今より遥かに下手だったし。何より、彼女の記憶に『情けない姿』を残すのが耐えられなかった。はたち直前の旅寅青年は、一世一代の痩せ我慢を選んだわけです。
 
 
『愛はいつも期待に応えない』
 
 
『マディソン郡の橋』のヒロインは回顧していましたが、僕も同じ言葉を当時綴りました。
(先日のblogにあげたあの以前出版したという小説は、その恋を形に残したくて、フィクションと織り混ぜて記したものです)
 
 
そして、そういう別れを経験した方は分かるでしょうが、そういう別れは余韻が地獄(笑)
 
 
僕はヤケクソでキツイ環境に飛び込んだのですが、その生活中も何度も、西成に向けて夜中に車を走らせ、途中で引き返したり、手紙を書いては出せずに破り捨てたり、写真や残された彼女の手紙を寝床で眺めては号泣したり‥‥………
 
 
 
‥‥……なかなか情緒が安定しませんでしたね(笑)
 
 
 
今でこそ笑い話にできますが、そんなんが2年くらい続いたら、さすがに周囲の世話焼きな連中はやたらと気を使ってくれるわけですよ。
 
 
『旅寅、ナースと合コンするけど行く⁉』
 
『旅寅、お前好みのバツイチのキャディーがおるんやけど会う⁉』
 
『旅寅、バスガイドしてるええ子がおるんや❗俺の嫁の友達やねんけどな、これがまたムチムチの‥‥……』
 
とか‥‥………(笑)
 
 
でも当時はもう『余生』の気分ですから、恋愛する意欲なんて起きません(T_T)
失恋や別れは何度か経ていたはずなんですが、結局心底かけがえのない人と別れたのは、きっとそれが初めてだったんでしょうね。
 
 
次の人と縁があってお付き合いするまで結局5年間、僕はずっと過去の住人でした。
そしてその5年間の中で、恐らく、僕は穏やかに成長したと思います。
後ろを振り返るのはやめたし、何より彼女と出会い、愛し合い、別れたことさえ、自らの誇りに変えることができました。
 
 
『時間が唯一のmedicine』とドリカムは歌いましたが、ほんと、時の流れは偉大です。
 
 

 

信号待ちの車窓から見えた情景 

 
 
 
信号待ちでふと目にした、そのポストがある街角は‥‥………よく僕が、送ってきた彼女を車からおろしていた場所。
 
 
『じゃあ、またな』
 
 
と、手を振る19歳の僕と。
 
 
『バイバイ、またね』
 
 
と、こっちを振り返りながら、大きく手を振り返す20歳の彼女。
 
 
セピア色の情景の中の、あの日の2人。
 
 
もう何年も思い出さなかったのに、忘れてはいなかったんですね。
そのポストを見た瞬間、眠気が飛びました(笑)
 
 
(‥‥………驚いた、確かにここやわ‥‥………)
 
 
あの奥の住宅街の中に、彼女の実家がある。
彼女は今どうしているだろう❔
結婚したと、日本橋の電気屋街で会った共通の知人にずいぶん前に聞いたけれど、もう仕事は辞めたのかな❔
目指していた管理栄養士にはなれたのだろうか❔子供はできただろうか❔
それよりも何よりも‥‥………。
 
 
(元気で、幸せですか?)
 
 
しばしバザードを焚いて車を停めて、23年前の情景を眺めていた僕は、嫁からのLINEでその追憶から引き戻された。
そうだ、娘の朝食用のバナナが切れたんだったな(笑)買って帰らなきゃ(*^^*)
 
 
あの日切れた糸が交わることは、もうない。
 
 
あの日強がって別れを選んだ、19歳の僕。
ずっと彼女に関しては強がりを通してきた、若かった日の僕。
そして少しの時間で我に返り、またアクセルを踏み込める今の自分。
 
 
少し強くなった僕を作ってくれたのは、彼女との別れだ。彼女は僕が、昔とても愛した人で、そして恩人でもある。
 
 
お元気ですか?
僕は最高の嫁と超可愛い娘を手にいれて、元気で幸せにやってます。
あなたの元気と幸せを、祈っております。
 
 
From旅寅